昨今、BtoB企業におけるターゲットアカウント(企業や組織)に対してのマーケティング戦略である「ABM(Account Based Marketing)」の次の段階のアプローチとして注目されているのが「ABX(Account Based Experience)」です。
ABXという概念は、グローバルのABM市場をリードする、6senseやDemandbase、ZoomInfo社でもよく使われるようになってきました。
そこで本記事では、ABXとは何かをメリットやデメリットを含めて解説します。
目次
ABX(Account Based Experience)とは
ABX(Account Based Experience)とは、ターゲットとなるアカウント(企業や組織)に対して、マーケティング、営業、カスタマーサポートなど複数の部門が連携して、パーソナライズされた適切な体験を提供するアプローチのことを指します。
これは従来のABM(Account Based Marketing)の進化版とも言える概念で、アカウントごとのニーズや関心に対して、企業全体で一貫性のある体験を提供することに重点を置いています。
ABXは、特定のアカウントに対してマーケティングや営業活動を個別に行うだけではなく、その企業との全体的な「体験」にフォーカスします。この体験には、初期のマーケティングから契約後のカスタマーサポートまで、すべての接点が含まれます。
つまり、企業が顧客に与える印象や提供する価値を、すべての部門で連携しながら最適化する戦略と言えるでしょう。
ABX戦略の導入手順
ABX戦略の導入手順
ここからは、ABXを導入しようと考えた時に具体的にどのような手順を踏む必要があるのかを解説します。
-
ターゲットアカウントの選定
ABXの第一歩は、ターゲットとなるアカウントの選定です。自社の製品やサービスにとって最も有望なアカウントをリストアップし、彼らのニーズや課題を深く理解することが重要です。この段階で、過去のデータや市場調査を基に、どのアカウントが最もROIを生み出すかを分析します。 -
全社的な連携による体験設計
ABXでは、マーケティング、営業、カスタマーサポートの各チームが連携し、ターゲットアカウントに対する一貫した体験を設計します。各チームがそれぞれの役割を果たしつつも、顧客視点での体験を最優先に考え、アプローチを統一することが必要です。 -
パーソナライズされたコンテンツの提供
ABX戦略では、ターゲットアカウントに対して個別にパーソナライズされたコンテンツを提供することが求められます。各アカウントの業種や業態、企業規模、ビジネスニーズや課題に合わせたホワイトペーパー、デモやウェビナー、サポートページなど、アカウントごとに異なるコンテンツを準備し、彼らに最も価値のある情報を提供しましょう。 -
データの活用によるフィードバックと改善
ABX戦略では、顧客の行動データやフィードバックをもとに、常に体験を改善し続けることが重要です。ABXは一度実施すれば完了というものではなく、継続的な改善と最適化が求められるため、データを活用して、どのアプローチが効果的かを常にモニタリングし、戦略を調整していく必要があります。
ABXが重要とされる理由と背景
ABXが重要視され、必要とされる背景には、近年のBtoBビジネスにおける顧客行動や市場環境の変化があります。
従来のBtoBマーケティングや営業は、広範なターゲットに一斉にアプローチするマスマーケティングやリードジェネレーションに重点が置かれていました。
しかし、顧客のニーズが多様化し、よりパーソナライズされた体験が重要視されるようになったことで、企業もよりターゲットを細かく絞ったアプローチが求められるようになりました。
購買プロセスの変化
BtoBの購買プロセスは、インターネットの普及とともに大きく変化しました。顧客はインターネットを通じて自分たちで情報収集を行い、購入を検討する段階に至るまで企業と直接接触しないことが一般的になっています。
また、BtoBビジネスでは、顧客企業内での意思決定プロセスが複雑化する傾向があります。一つの購買決定に複数の意思決定者が関与し、各担当者が異なる視点やニーズを持っています。
そのため、従来のようなマスマーケティングだけでは効果が薄れ、企業が顧客に価値を提供するためには、よりパーソナライズされたアプローチが必要になっています。
ABXは、特定のアカウントがどの段階にいるのかを把握し、各意思決定者に対して最適なコンテンツやアプローチを提供することで、顧客の意思決定をサポートします。
例えば、情報収集段階にいる顧客には他社との比較など意思決定を促す有益なコンテンツを提供し、購買意欲が高まっているアカウントにはデモやカスタマイズされた提案を行うことで、購買プロセスを円滑に進めることができます。
一貫したカスタマーエクスペリエンスが競争優位に
現代のBtoBビジネスでは、単なる製品やサービスの提供だけでなく、企業が提供するカスタマーエクスペリエンス(CX:顧客体験)が競争力の差を生む大きな要因となっています。
特に競合他社が多い市場では、顧客が製品やサービスを選ぶ際に、製品やサービスの機能そのものではなく、提供される体験が決定的な役割を果たします。
ABX戦略によって、顧客が最初の接点から契約後のフォローアップまで、一貫した価値を感じる体験を提供することで、他社との差別化を図ることができます。すべての顧客接点が統一されたメッセージとアプローチで行われるため、顧客はポジティブな印象を持ち、企業との関係や信頼がより強化されます。
ABXにおけるパーソナライズされた体験とは?
ABXにおける「パーソナライズされた体験」とは、ターゲットアカウントの個別のニーズ、課題、関心に基づいた特定のコンテンツやソリューションを提供することです。
パーソナライズされた体験を提供する目的は、アカウントごとに最適なタイミングで、彼らが求める価値を最大限に提供し、顧客との関係を強化するためです。
従来のマーケティングが一括で広範囲にメッセージを送る「マスマーケティング」であるのに対し、ABXでは各アカウントに合わせてメッセージや提案をカスタマイズして個別に提供します。
ターゲットアカウントが求めているものを正確かつタイムリーに提供することで、より高いビジネスの成果が期待できます。
パーソナライズされた体験の具体的な例
- 業界別のホワイトペーパーやケーススタディ
ある企業が自社の製品やサービスに関心を持っている場合、その企業が属する業界や関心を持っているテーマに特化したホワイトペーパーや成功事例を提供することが効果的です。これは、その企業や業界が抱える特有の課題やビジネス環境を理解していることを示し、競合他社よりも有益な情報を提供することができます。 - パーソナライズされたメールやキャンペーン
メールやキャンペーンについても、企業や業界、関心を持っているテーマに応じてカスタマイズが可能です。メールに具体的にその企業に関連する問題点や解決策を記載することで、単なる一般的な提案とは一線を画すものとなります。 -
ターゲットアカウント専用のデモやプレゼンテーション
ソフトウェア企業が新しい顧客にアプローチする際、ターゲットが現在使用しているシステムやビジネスプロセスを考慮したカスタムデモを提供することがあります。このデモでは、顧客が抱える特定の課題に対して、自社製品がどのように役立つかを具体的に示します。このように、顧客の状況に合わせた有益な体験は、アカウント全体の満足度を向上させ、成約の可能性を高めます。 -
個別のニーズに合わせた提案書や契約条件
ABXでは、ターゲットアカウントの予算状況や購買プロセスに基づき、契約条件や提案書の内容を調整することがあります。特に大規模なアカウントに対しては、長期的な関係を構築するために、初期段階では割引やカスタマイズされた価格設定を提供し、後にアップセルやクロスセルの機会を狙う戦略を取ることも効果的です。
- 継続的なカスタマーサクセスの支援
製品やサービスを導入した後も、ABXは顧客体験を重要視します。カスタマーサクセスチームがアカウントに対して定期的なフォローアップやカスタマイズされたサポートを提供することで、顧客満足度を高め、契約の更新やアップセル、クロスセルを促進します。具体的には、定期的に顧客が達成した成果を共有し、次のステップを提案するカスタマイズされたレポートを提供することなどが挙げられます。
パーソナライズされた体験の適切なタイミングでのアプローチ
パーソナライズされた体験を成功させるためには、適切なタイミングでアプローチすることが不可欠です。適切なタイミングでアプローチするには、顧客が購買プロセスのどの段階にいるかを理解し、それに合わせてメッセージやアクションを提供することが重要です。
購買プロセスの段階を把握する
- 認知段階
顧客が自身の課題やニーズに気付き始める段階。この段階では、情報提供や教育的なコンテンツが効果的です。パーソナライズされたホワイトペーパーやウェビナーを提供することで、顧客が直面している課題に対して、どのような解決策があるかを示すことが有効です。 - 検討・評価段階
顧客が複数のソリューションを比較し、どれが最適かを検討する段階。パーソナライズされた提案書や、同業界や同業種の顧客事例に基づくソリューションを提示し、自社の強みをアピールします。 - 購買段階
顧客が最終決定を下す段階。この段階では、具体的な契約条件やサポート体制を明示し、安心感や信頼を提供することが効果的です。例えば、専用の契約条件や価格交渉を提示することが、このタイミングでの最適なアプローチです。
リアルタイムデータを活用したタイミングの把握
パーソナライズされた体験を実現するためには、顧客がどのタイミングでどのようなアクションを取っているのかを把握することが重要です。
ABMツールなどのリアルタイムデータを活用し、顧客がウェブサイトでどのページを閲覧しているか、どの製品に興味を持っているかを日々モニタリングすることで、彼らが求めている情報や製品を迅速に提供することが可能です。
例えば、ターゲットアカウントがウェビナーやイベントに参加した直後に関連するページを閲覧しているようでれば、即時にフォローアップを行い、興味を持っていたトピックについて詳しい情報を提供することで、購買意欲をより引き出すことが考えられます。
ABM/ABXツールの活用
リアルタイムデータなどを活用してABXを効果的に運用するためには、ABMやCRM(顧客関係管理)ツールの活用が効果的です。これらのツールを有効活用することで、顧客とのコミュニケーション履歴や、購買サイクルに関する情報を収集し、次にどのようなアクションを取るべきかを自動的に提案してくれます。
ある企業が自社のウェブサイトを閲覧した場合、具体的にどのキーワードや製品・サービスに興味を持っているのかや、自社サイト以外での外部ページでの興味情報(インテントキーワード)などを分析し、さらに、その情報を基にパーソナライズされた提案を行う自動化ツールを使えば、適切なタイミングで関連するコンテンツやキャンペーンを提供することが可能です。
ABX戦略のメリット
ここまでに挙げたABX戦略を行うメリットをまとめます。
カスタマイズされた体験で顧客との関係を強化
ABXでは、ターゲットアカウントに対して、彼らのニーズに応じた体験を提供します。
これにより、顧客との信頼関係が築かれ、長期的な関係が強化されます。顧客ごとの課題やニーズに応じて、柔軟に対応できるのがABXの強みです。
一貫したコミュニケーションで成約率の向上が期待できる
営業、マーケティング、カスタマーサポートなど、企業内のすべてのチームが同じ目標に向かって協力するため、顧客に対するコミュニケーションが統一されます。
これにより、各部門の連携が強化され、顧客へのアプローチが効果的かつ効率的に行えるようになります。結果として、成約率やLTV(ライフタイムバリュー:顧客生涯価値)の向上が期待できます。
企業全体で連携が可能となる
従来のABMは、マーケティング活動に限定されがちですが、ABXは企業全体に影響を及ぼす戦略です。
これにより、マーケティングだけでなく、営業やカスタマーサクセスといった他の部門も効果的に連携し、顧客の体験をより広範囲にわたって最適化することができます。
ABX戦略のデメリット
ABX戦略にはメリットだけでなく、デメリットも存在します。具体的なものが以下となります。
リソースの多大な消費
ABXを成功させるためには、組織全体での取り組みが必要です。
そのため、マーケティング、営業、カスタマーサポートの各部門が連携するためのリソースが多く消費されます。人員や時間、ツールの整備に費用がかさむ可能性があり、小規模な企業にとっては導入が難しいかもしれません。
導入に時間がかかる
ABXを企業全体に浸透させるためには、マーケティングから営業、カスタマーサポートに至るまでの一貫した戦略設計が必要です。
このため、短期間での効果を期待するのは難しく、導入には一定の時間がかかることがあります。
まとめ
この記事では、ターゲットアカウントに対してパーソナライズされた体験を提供するアプローチであるABXについて解説しました。
ABMから進化したこの戦略は、マーケティングのみならず、営業やカスタマーサポートまで含めた企業全体での取り組みを必要とし、顧客との関係を強化することで成約率の向上が期待できるメリットがあります。一方で、導入には多大なリソースが必要であり、コストや時間の課題もありますが、正しく活用すれば大きな成果をもたらすことが期待されます。
企業全体で連携し、データを活用した改善を続けることで競争優位性を高めることが期待できます。