企業内の様々な部門でDX(デジタルトランスフォーメーション)が推進される中、顧客接点の中心となるマーケティング部門や営業部門、カスタマーサポート部門のDXについてもより重要性が問われています。
企業経営におけるゴールの一つは「売上を伸ばしかつ安定した収益基盤の仕組みを作る」ことであり、顧客接点となる各部門のDXは企業の売上改善に大きな影響を与えます。
そこで本連載では、マーケティング、営業、カスタマーサポート部門を中心に「顧客接点のDXはなぜ必要なのか?」「どのように進めていくべきか?」について、以下のステップで解説していきます。
【第一回】マーケティング4.0時代はCX戦略が重要
【第二回】売上改善のために注力すべき2つのポイント
【第三回】潜在顧客を増やすためのマーケティングDX施策
【第四回】引き上げ率を改善するための各部門のDX施策
【最終回】顧客接点DXを推進する組織体制の変革
最終回の記事では、顧客接点となるマーケティング、営業、カスタマーサポート部門がDXを推進していく上での一般的な体制モデルと起こりがちな組織の壁について解説いたします。
目次
顧客接点DXにおける各部門のミッションとポイント
前回、前々回の記事では、売上を改善するために重要な二つのポイントに対するDX施策について解説しましたが、この施策を効率的に遂行する組織体制のモデルとはどのようなモデルでしょうか?
ここでは、ITソリューションなどを提供する一般的なBtoB企業を例に解説します。
まずは、各部門における業務ミッションやポイントについてです。
マーケティング部門はいかに「質の高いリード」を多く営業に渡せるか
マーケティング部門のミッションは、第三回の記事にあるとおり、「データ」と「デジタル技術」を有効活用し潜在顧客を増やしつづける活動に注力し、さらに獲得した潜在顧客を案件確度の高い見込み顧客へと育成(リードナーチャリング)し、営業部門に効率的に引き継ぐことであると言えます。
そのため、最終的なゴールは、いかに質の高いリードを多く営業に渡すことができるかがポイントとなってきます。
最近では、営業部門との「スムーズな連携」を実現するために、「インサイドセールス(内勤型のメール/電話による顧客担当)」の部隊を設置することが推奨されています。
※会社によっては、インサイドセールスは営業部門に所属することもあります。
インサイドセールスは、これまでのテレマ部隊とは大きく異なり、第三者から取得したリストやホームページから調べたメールアドレスや問い合わせフォームを使った手当たり的なアウトバウンドコールを実施するのではなく、顧客のオンラインでの行動データや顧客ターゲットにふさわしい各種条件を絞り込んたリストを活用して、顧客にとって最も最適なアウトバウンドコールやメールを実施し、営業担当者とのアポを効率的に取得する部隊となります。
最近ではアポの取得のみならず、インサイドセールス部隊が、課題ヒアリングや簡単なサービス紹介/デモなど営業活動の初期段階を担うケースも増えてきています。
また、ABMツールを活用することで、更に精度の高い潜在顧客へのアプローチも可能です。
ABMについてはこちらの記事を参照ください
営業部門は「顧客エンゲージメント」と「クロージングスキル」に専念
営業部門のミッションは、潜在顧客/見込顧客の発掘やフォロー業務に時間を費やすのではなく、既存顧客やマーケティング活動で得られた見込み顧客との良好な関係性を築く「コミュニケーションスキル」、顧客の業務や製品やサービスに対して深い知識を有する「提案スキル」、期日までに確実に受注する「クロージングスキル」の3つに注力し、ゴールとして受注数や受注金額を増やすことであると言えます。
特にクロージングスキルは最重要です。このような営業マンを見かけたことはないでしょうか?
- コミュニケーションスキルが高いが、結果的に顧客の御用聞きになっており、無駄な調査や仕事ばかりを押し付けられクロージングがなかなかできない・・
- 顧客の業務や製品・サービスの知識が深く初期段階で顧客に気に入られるが、結果的に「顧客の知識を教育」することにモチベーションがおかれ、クロージングがなかなかできない・・(最悪、情報だけを盗まれて、より安いコンペを選択されてしまう)
- 顧客から受注を促すメールや会話を受注そのものと勘違いしており、正式な受注連絡を待ち続けた結果、最終的にはクロージングができなかった・・
言わずともですが、営業のゴールは「受注」です。期日までに必ず受注するために必要なコミュニケーションスキル、提案スキル、クロージングスキルの全てには「交渉」の要素が不可欠であると言えます。
交渉とは「相手側との合意に達することをゴールとして議論すること」であり、全ての活動において「受注というゴール」を忘れてはならないということです。
また、専門性の高い製品やサービスを提供する会社であれば、提案段階で、技術的な支援を実施する「プリセールス」の部隊が必要になってきます。
プリセールスは顧客とのコミュニケーション能力が高いエンジニアが兼務することもありますが、個人の目標やインセンティブを、支援した営業のトータル受注金額に設定することで、より積極的に営業活動の支援に回ってもらうことが可能となります。
カスタマーサポート部門は「カスタマーサクセス」を重視
カスタマーサポート部門のミッションは、製品やサービスを利用している顧客からの問い合わせや各種問題(インシデントとも呼ばれます)をいち早く解決することもさることながら、最近では、これまでの「受け身的な対応」から脱却し、顧客の潜在的な課題に対して事前にアプローチし解決策を提案する「プロアクティブなカスタマーサポート」が推奨されています。
そのため、最近ではカスタマーサポート部門の中に、「カスタマーサクセス」(ポストセールスとも言われます)の部隊を置いている企業が増えてきています。
カスタマーサクセスの担当者は、受身型ではなく定期的な顧客とのミーティングを設定して、プロアクティブに現状の課題などをヒアリングし最適な解決策を提案できるスキルが求められます。
また、カスタマーサポートと営業間の情報共有は特に重要です。なぜなら実際に製品やサービスを利用している顧客の生の声を聞くことで、製品やサービスそのものの改善につながるとともに、既存顧客からの追加受注につながる可能性が高いためです。
各組織体制とゴール設定の例
以下は一例ですが、概ねBtoB企業で形成される組織モデルとゴール設定は以下のような形式が多いのではないでしょうか。
部門 | チーム | 活動概要 | ゴール設定例 | 主に利用するツール例 |
マーケティング部門
|
・PR/広報 |
・企業ブランディングの管理 | ・企業ブランディングの適切な管理と運営 ・オフライン広告の反響率 | CRM CMS |
デジタルマーケティング | ・オンライン広告/WEBサイト/MA/SNSの運用 ・メルマガ/ページ/ブログ記事/ホワイトペーパー、動画等のコンテンツ制作 | ・潜在顧客へのアプローチ数(PV数) ・潜在顧客から見込顧客へ転化した数(リードの数) | CRM CMS MA SNS Google広告 | |
インサイドセールス | ・見込み顧客への定期的なフォローコールやメール ・営業との商談アポイントの調整 | ・コール数 ・アポの取得件数 ・営業に渡すことができる見込顧客の件数(MQL*の数) | CRM MA SFA | |
営業部門 | パートナー営業 | 新規あるいは既存の協業パートナーや代理店に対する営業活動 | ・新規パートナー開拓数 ・パートナー経由の新規/追加受注金額 ・既存パートナー経由の売上金額 | CRM SFA |
直販営業 | 新規あるいは既存の直販顧客に対する営業活動 |
・新規顧客開拓数 | CRM SFA | |
プリセールス | 営業と同席し、技術的な知見から受注をサポートする活動(技術調査や製品デモの実施等) | ・営業サポートに入った営業担当者のトータル新規受注金額(受注貢献金額) | CRM SFA | |
カスタマーサポート部門 | カスタマーサクセス | ・既存顧客に対する「プロアクティブ」な課題発掘や提案業務 | ・顧客維持率 ・既存顧客からのアップセル/クロスセルによる追加受注金額 |
CRM |
カスタマーサポート (ヘルプデスク) |
・既存顧客からの問い合わせやシステム障害に対する対応(インシデント管理・問題管理) | 対応クローズ件数 顧客満足度 | CRM カスタマーサポート |
※MQL:Marketing Qualified Leadの略。マーケティング活動を通じて創出された、案件確度の高い見込顧客。
※SQL:Sales Qualified Leadの略。営業活動を通じて創出された、案件化できた見込顧客。
上記のようなゴール設定を各部門や個人のインセンティブやKPIとして定義し、週次や月次、四半期、半年、年間といったスパンで評価と改善を実施していくことで、組織力の向上につながります。
また、DX時代で重要なポイントは、これらの評価をExcelや日報メールなどのマニュアルで対応するのではなく、現場が利用しているツールのレポート機能やBIツールなどを効果的に用いて、上長やがリアルタイムに数字を把握できるような、現場担当者の「仕事のための仕事」を増やさない取り組みも重要となるでしょう。
マーケティングと営業の壁で起こりがちな課題と解決の方向性
最後に3部門の組織を運営する上で起こりがちな、マーケティングと営業の壁がもたらすよくある課題と解決の方向性について解説します。組織を運営していく上では、各課題に対して本質的な視点で解決していきましょう。
組織を運営していく上で各部門や各担当者からこのような不満があがってくるケースがあります。
<マーケティング部門からの不満>
「せっかくお金をかけてリードを多くとっているのに営業が全く受注してくれない!」
<営業部門からの不満>
「マーケティング部門はもっと質の高いリードを渡して欲しい!」
【マーケティング部門の解決の方向性】
数字のセオリーではもちろんリードの数(母数)は非常に重要なのですが、本質的には「質の高いリード」をいかに多く営業に渡せるかがポイントとなります。
そのため、昨今ではABMツールやMA(マーケティングオートメーション)やインサイドセールスチームなどを導入して、リードをきちんと育成した上で渡せる段階になったリードを渡す活動が必要です。
ここで「渡せる段階(=MQLとして認定される)」とはどのような条件でしょうか?
MQLの条件設定は会社によってまちまちですが、営業活動のヒアリングにおいて重要視される「BANT確認」を例にすると、BANT確認の4つの確認事項で、最低限1つや2つが明確に確認できた段階を条件クリアに設定するなど「会社として明確に定義」する必要があります。
<BANTの確認事項>
- B = Budget:現状の予算はあるのか?将来的に予算は確保できるのか?
- A = Authority:決裁権はあるのか?決裁者は誰なのか?決裁フローは?
- N = Needs:課題やニーズはあるのか?それは明確なのか?
- T = Timeframe:導入時期が明確か?期限はあるのか?
例えば、導入時期は不明で現状の予算は確保されていないが、課題やニーズは明確で決裁権をもっているリードであれば、NeedsとAutorityの確認がとれているので、この場合のリードはMQLとして認定され、営業に渡せることになります。
また長期的なスパンで考えると、DMやチラシ、展示会やイベント、セミナー、ブログやホワイトペーパー などリードの獲得チャネルは様々ですが、チャネル毎に見込顧客や既存顧客への転化率(リードの質)を計測して、定期的にマーケティング予算を費やすチャネルを見直ししていく活動も重要です。
【営業部門の解決の方向性】
案件化やクロージングができないのは、自信の営業スキルではなく渡されたリードの質のせいにするのはよくありません。
「案件化」がBANTの全ての要素が確認できている状態だとすると、マーケティングから引き継がれたリードに対して、営業側で本質的な課題を再度ヒアリングし、確認がとれていない(足りない)要素を、営業側で創り出す活動が必要です。
欧米では、このような営業機会を作り出すことを「Create Sales Opportunities」とも言いますが、BtoB営業では例えば以下のような活動が該当します。
- Create Budget:予算がないようであれば、予算化の手伝いをする
→概算金額の提示、費用対効果やコストメリット算定の手伝いなど - Create Authority:決裁者やキーマンに会っていないようであれば、会う努力をする
→自身の上司や他部門の責任者を活用して、決裁者やキーマンとのアポを取るなど - Create Needs:ニーズがないようであれば、課題喚起やニーズを作り出す手伝いをする
→よくある課題の例、業界トレンド、同業種事例、やらないことによるリスクの提示など - Create Timeline:導入時期が明確でないようであれば、導入時期を決める手伝いをする
→概算スケジュールの提示、契約時期によるキャンペーン価格の提示など
リードの質に囚われるのではなく、このような営業機会を創り出す活動に注力することで、案件化(=SQLとして認定される)の数を増やし、さらにはクロージングの精度や確率を上げていくことが重要です。
本来「トップセールスマン」とはリードの質に関係なく、コミュニケーションスキルをベースに一から顧客との良好な関係を構築し、自身の提案スキルとクロージングスキルをベースにBANTの要素を戦略的に創り出して、顧客にとって最も最良な製品やサービスを売ってくる人が多く、売る価格やタイミングですら自身でコントロールできるような人材ではないでしょうか。
まとめ
いかがでしょうか?業種や業態により組織モデルやゴール設定、ミッションに違いはありますが、BtoB企業ではこのような組織体制を仕組み化しかつ自動的に回るようにすることで(自走モデルの形成)、企業経営におけるゴールの一つである「売上を伸ばしかつ安定した収益基盤の仕組みを作る」ことにつながると考えます。
DXでは「データ」と「デジタル技術」の活用もさることながら、言わずともですが、経営を支えるのは「人」であり、人に関連する組織モデルやルール規定・文化そのものなど今までのやり方を積極的に変えていくことで(ビジネスモデルの変革)、企業としては、より競争上の優位性を得ることができるのではないでしょうか。